毎日Netflix

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主にNetflixで観た映画の紹介、劇場で観た映画も。

『WALKING MAN』をNetflixで観た。ANARCHY初監督作。社会に打たれ続ける吃音持ちの主人公をHIPHOPが救う。傑作、楽曲一発で泣かされた。

WALKING MAN
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 DragonAshHIPHOPに入り、Zeebraラッパ我リヤと知っていきTHA BLUE HERBRHYMESTERへと繋がるくらいにはHIPHOPを聴いてきた自分にとってANARCHYというラッパーはストリートから成り上がった正真正銘アングラ出身のラッパーといったイメージ。
 「日本にストリートてw」みたいに言う人たまにおりますが、そういう人はちょっと、横に避けておいてですね、話を続けていきますよ、と。

 avexに行った時に驚きとともに『成り上がり』という言葉がガツンと脳内に走った覚えがあります。記憶は朧げですが、契約を交わしにavex社内に出向く動画が格好良かった記憶。
 日本のHIPHOPを知る人ならばANARCHYは避けては通れない存在だと思います。

 そんな彼が監督として映画を撮る、といった情報が耳に入った時、『THE自主制作』的な物(内容というより撮っている自分たちが楽しければ良い的なイメージ)を想像したが、いざ観てみるとこれが本格的で、震えが来るシーンが幾度もあった。そしてクライマックス、こみ上げてくる物が止まらずボロボロと涙を零してしまった。
 このカタルシスはどんな名作にも負けていない。楽曲一発で泣かされた。
 この物語は主人公アトムがこのビッグチューンを産むまでのお話。

 熱が入り過ぎてネタバレもちょこちょこある記事に仕上がりました。知った上で観ても楽しめるとは思いますが、ネタバレは嫌だと言う方は先に本作を観ることを推奨します。
 ネタバレが嫌という程気になっている作品であるなら尚更観ていただきたい、傑作です!


ラッパーのANARCHYが自身の実話を盛り込みメガホンを取り、野村周平を主演に描いた初監督作品。企画、プロデュースを「地雷震」「スカイハイ」などで知られる漫画家の高橋ツトムが務めた。川崎の工業地帯で母と思春期の妹ウランと暮らすアトム。極貧の母子家庭の家に育ち、幼い頃から人前で話すことも笑うことも苦手なアトムは不用品回収業のアルバイトで生計を立てる毎日を送っていた。ある日、母が事故により重病を負ってしまうが、一家は家計が苦しく保険料を滞納していた。ソーシャルワーカーからアトムたちに投げつけられる心ない言葉。そんな過酷な日常の中、アトムが偶然出会ったのがラップだった。野村がアトム役を演じ、優希美青柏原収史伊藤ゆみ冨樫真星田英利渡辺真起子石橋蓮司ら俳優陣のほか、T-Pablow、WILYWNKA、Leon Fanourakis、じょう、LETY、サイプレス上野、hMzといったラッパーたちも顔をそろえる。(以上、映画.comより)

↓予告はこちら

90点


 
 本格的な作りとはいえ、強引なところも垣間見える。
 主人公の境遇、状況を見る者に把握させるまでがすごく早い。
 例えば、『自己責任』というキーワードを連発させて社会の冷たさを端的に表現しているが、逆にそれが綺麗に成り立ってしまっていてリアルさが薄れている気がした。
 敵対する人物が皆ことごとくワルーイ感じのする嫌な奴そのもので、例えば一見良い人そうな人が残念な価値観を持っているのがわかったときの落胆、みたいな日常にある残念な光景を表現出来ていない。感じ悪い奴は悪い、感じ良い奴は良い人、みたいなわかりやすい構成になっている。
 ラストのカタルシスを成り立たせるための布石である母親の立ち位置、妹の立ち位置、そして主人公アトムの立ち位置までの立たせ方にもマンガ的な物を感じてしまった。

 しかし、そんな残念な序盤の印象も吹っ飛ぶカタルシスが最後に待っている。抜群に良いところが一つあれば吹っ飛ばせるんです。
 個人的に韓国映画を思い起こさせるこの仕様。どんな強引な展開があろうとも、最高に良いところがあればもう好きになってしまう。
 自分の伝えたい所をストレートに表現している証拠。ブレずにそこに向かっていく意欲。
 万人に好かれようとする作品よりも尖った作品の方が魅力に溢れている。
 昔の世にも奇妙な物語が面白かったのはそんな尖った作品が多かったからではないか、なんて思ったりもしてます。
 
 この作品が尖っているかというと、そんな尖ってはいない。
 一見どこかで見たことのあるサクセスストーリー。でもそれは一見の話。
 社会に冷たくされ、鬱憤を溜め込むも発散する場所も無い。ただただリリックを積み上げていくアトム。
 こんなストイックな青年アトムがいる空間は唯一無二であり彼のストーリーの始まりは二つと無いここにしか無い物なのだ。
 裏返して飛ばすゴムのおもちゃのように、ストレスに耐えきれなくなり弾け飛ぶか、といったシーンがあるが、飛ばないんです。彼はただただ溜め込むだけ。そこには自分と重なる物を感じました。

 自分も若干の吃音を持っている気がするんです。言いたいことが頭の中にはあるんだけど言葉が出てこない。言葉が出てきたと思えば上手く発生出来ていない。声がすごく小さくなっている。上手く伝えることができない自分に苛ついているんじゃないかと不安になり震えてくる。
 
 アトムの気持ちがわかるからこそ感情移入し、心が震える。

 GOMESSというラッパーがいる。彼は自閉症に加え、パニック障害も持っているラッパー。
 自分は彼をよく知らないうちにまたバトルから宗教じみた人気ラッパーが出てきたのね、みたいな捻くれた見方をしてしまっていた。
 しかし彼のライブを見てみると震えてくるんです。
 本当の意味での社会的弱者からの視点で放たれるリリック、フロウ、心に響いてしょうがない。

 社会に溶け込めない人って結構いるんです。そういう人らは周りから変人扱いされ距離を置かれたり、逆に強く当たられたりもするわけです。
 実はそういう人って心の病気だったりするんです、病名を宣告されていないだけで。
 世の中は冷たいんです。優しい人はいます。しかしあなたの周りを見てください。使えない同僚を馬鹿にする人を見た事はありませんか?使えない部下に強く当たる人や人によって態度を変える人。自分は腐るほど見てきたし、そんな目にも会ってきました。
 そんな他人の気持ちを考える気すら持ち得ない人が『ジョーカー』なんて映画を観て「良かったぁ」なんて言うんだからもうお手上げです。
 苦しんでいる人は何も言わずに耐えている物で、こういう映画でもって理解が拡がれば、今現在苦しみながら必死に生きている人も少しは楽に生きれるようになるんじゃないかと思っております。
 YouTubeにて精神科医が語る『心の病気とは?』を視聴するのは心の病気、若しくは心の病気疑いの人であり、健常者にこそ見てもらって理解を拡めていって欲しいところですが、わざわざ心の病気を理解しようなんて気持ちで見るような人はなかなかいないのがリアルな現実。
 だからこそ、そういう描写を自然に入れられる映画というエンターテインメントは素晴らしい物であると同時に必要な物でもあると思っております。


 この作品を観ていると説明が厚いところもあれば逆に何の説明もなく触れられない部分がある。
 例えばアトムの着る服装や興味を持つスニーカー等。それらは周りの影響を受けて興味を持っていくもので、友達もいそうにないアトムはどのようにそのようなストリートブランドを知っていったのか。
 説明されないまま進んでいくとモヤモヤが残るところですが、上手い具合にハマるピースが一つ、語られずに置いてあるんですね。
 それが父親の存在。
 父親に関してはほんの少し触れる程度で後は全く触れられないわけです。
 これが意図的であれば相当脚本レベル高いですよ。そういう細かいところを無視していく映画って結構あるのできちんと引っかかりを潰す、若しくは潰す情報を入れ込んでおくことが出来ているのは好感が持てます。
 おそらく父親がそっち方面の人だったのかなと、アトムはその父親の背中を見て育ち、韻を踏んでリズムを生み出す手法も父親から学んだ物だった、としたら全てが繋がるわけです。

 
 「舐めんな舐めんな」
 鬱屈した気持ちを持ったまま生きるアトムはHIPHOPと出会うわけですが、ここで登場するラッパー2人にはベスト脇役賞をあげてもらいたいくらいすごく良かった。1人は『T-Pablow』
 なんだあの存在感。確実に映画映えしておる...
 アトムを見る目が何かを察していたり、行動を促すきっかけとしてのけしかけ等、重要人物としてアトムにこれからHIPHOPを教えていくのが彼なのかと思ったがそこまで出番は無く、ただ側から眺めている立ち位置。正直もっと見たかった。

 そしてもう1人、見事にヒールを演じた『じょう』
 ヒールというのはただの悪役では無く、主役を立たせる役割がある。
 MCバトルにて自分の恵まれない境遇、心に秘めた鬱屈を込めた辿々しいラップを繰り出すアトムへのアンサーとして繰り出す一節。これが超絶パンチライン
 「そんなのオメーだけじゃねーんだよタコ」
 的なことを冷静に返して完全に主導権を持っていかれてしまうわけですが、これは
 「オメーみてえな『ロクデナシ』が集ってんのが此処なんだよタコ」
 とも取れるこのパンチラインは社会に居場所の無いアトムに道筋を示す非常に暖かい言葉なのです。オメーもこっちに来ればいいんじゃねーの的な。これリリーさんが居たら泣いちゃうレベル。

 交通量調査のバイトで使うカウンターでカチカチリズムを取りながらまたリリックを積んでいくアトム。
 ついにリリックが完成したその時、カウンターが0に戻る、この演出もベタだけど好き。ここからラッパーアトムのストーリーが始まる。
 そして観ている側の「早くその仕上がった曲を聴かせてくれ!」といった心境を手に取るように理解しているANARCHY。さすが、普段からリアルタイムで客をアゲているエンターテイナー。いらない物を全部すっ飛ばして観たい『モノ』だけを映すこの演出。マチガイナイ!
 新生アトムの周辺部分は想像をさせるだけに留める。これは見事だと思いました。

 どう考えてもアトムはバトルじゃないよ、という不安も過ぎりましたがきちんとライブでシメてくれました。流行に乗るのが大好きなニッポンエンタメ業界(イメージ)的にまたバトルでステージに上げさせる、なんてそんな無粋なことANARCHYはしない。
 ラスト、楽曲一発の威力にヤラレました。
 成長し、ラッパーとしてスタートを切ったアトムの物語を観るとしたら、次の作品かな、と。
 仲間となったT-Pablowやじょうとの絡み、そして残された謎の父親。
 実は伝説のラッパー『TKD』だった!なんて展開、タケダ先輩!みたいな。あれ、なんか違う映画混ざってきた。
 
 メッセージ性が強過ぎて後退りしてしまいそうな作品ですが、日本語HIPHOPを通った事のある人ならきっと心に響くと思います。
 「イロモノ」と敬遠せずに一度観てみてほしい。傑作です!

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