毎日Netflix

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主にNetflixで観た映画の紹介、劇場で観た映画も。

『セービングバンクシー』をNetflixで観た。切り取ってきたグラフィティーをディーラーがオークションで売って得たお金、描いた者には一銭も入らない。バンクシーのいない所でバンクシーの作品を愛する者たちの価値観が交錯する傑作ドキュメンタリー。

セービングバンクシー

 オークションにて絵が高額で落札された瞬間、額に仕込まれていたシュレッダーが作動し裁断されてしまった動画が最近話題になっていました。
 あの絵を描き、シュレッダーを仕込んだバンクシーはストリートアーティスト。ストリートアートはストリートにあって価値がある物であり、その場所から切り取ってきた物を勝手に売り捌いて儲けるアートディーラー、そしてコレクターへの批判と嘲笑を含ませた彼らしい作品が「少女と風船」という裁断された作品。
 裁断後、「愛はごみ箱の中に」という作品となり、価値が上がったとされる作品を落札者がそのまま手に入れたことになる。

 「価値が上がって良かったじゃん」と言う人もいるだろうが、「ストリートアーティストが言う価値」を理解していないそういう者も含め、嘲笑の的となっている。
 シュレッダーをわざわざ半分で止めたのも、「ゴミと化した物に群がるコレクター」まで予見したバンクシーバンクシーらしい犯行に思えてくる。

※追記 ↑単純にバンクシーのミスだったらしい 笑

 ストリートアートはストリートにあって価値がある物。ストリートアーティスト達は皆そういう思想を持っている。
 消されるのがもったいないと思う者もいる、消される物と思う者もいる。消される前に捕獲して売る者がいる。売られる前に保護する者もいる。
 バンクシーを愛する者達の価値観が交錯する様を描いたドキュメンタリー『セービングバンクシー』が今回紹介する映画です。
 価値がある物に与えた値を「価値」とするのか、物を観て受ける感覚を「価値」とするのか、その場所に現れた物を見る現地の人が受ける感覚を「価値」とするのか。あなたはどこに共感するのでしょう。そしてバンクシー本人は…

予告編↓

92点

 グラフィティと呼ばれるストリートアートは犯罪である。彼らは逮捕されるのを覚悟で描いているのだ。
 バンクシーもまた犯罪ということをわかってやっている。だからこそ覆面をし、署名もせず、夜な夜な隠れて描いている。
 そんな彼のアートは風刺が効いていて、人々の心を惹きつける。そんな彼のファンでもあり、アートディーラーのお金持ちが「バンクシーの宣伝にもなるから感謝されてもいいくらいだ」なんて言って勝手に売るわけです。
 ストリートアートは犯罪なのでサインなどをするわけもなく、描かれた建物のオーナーと話をして、壁ごと切り取って持っていく。
 市は直ちに消すようにとオーナーを脅す。費用はオーナー持ち。そんなところにバイヤーがやってきて修復してくれるって言うんだからお互いウィンウィンなわけです。

 消される物に値を与え、価値を付与することでバンクシーの作品は残り続ける。善行を行なっている気でいるアートディーラーに対し批判を叩きつけるように、先にオーナーと話をつけ、作品を保護する者も現れる。
 もうすでにストリートアートを卒業し、仕事を請け負ってストリートアートを描いている者の中にも「バンクシーの作品は残し続けるべきだ」と言う者がいる。しかし現役のストリートアーティストは「ストリートアートは消される物」と考える者が多い。

 中東の紛争地に描かれたバンクシーの作品がある。紛争地の人に少しでも安らぎを与えようと描いたアートだ。これもまた切り取られ、ディーラーによって売られてしまった。
 「価値」とはなんなんだろう。「作品を残す」と言いつつ金儲けが目的なだけだろうと思ってしまう。

 日本に住んでいても「金を稼げれば良い物」とする風潮を感じて違和感を感じることがよくある。映画でも興行成績が良ければ良い物、みたいな。傑作でも興行成績が悪ければ失敗、みたいな。宣伝の仕方がどうとか売る側サイド気取りの受け側が多くなっている気がする。
 例えば売れる映画を作るために色々なヒット映画の売れる要素をパクって詰め込み、ステマや対立煽りを起こし、話題性を高めた興行成績だけは良い駄作でも成功と言う人がいる。
 甲本ヒロトが言った「売れる物が良い物なら一番美味いラーメンはカップラーメンじゃ」なんてシンプルな皮肉にも難癖をつける人が出てきている。

 そこらへんの普通な子に夢を見させて商品化し、売りまくるアイドル商法もよく思っていない自分がいる。
 それで金が回り、景気が良くなっているから良いことだろなんてよく聞くけれど、裏で操作する大人が一番美味しいこの商売は危険な匂いがします。最近パワハラで自殺してしまったアイドルの子も氷山の一角のような気もします。

 売れる物が良い物ではなく、良い物だから売れる。しかし、ストリートアートは元から売る物じゃないと私は思います。おそらくバンクシーもそう思っているでしょう。自分の作品がコレクターの間で行き来している状況を鼻で笑っているでしょう。
 シュレッダーの件もその延長で行われた物だと思います。

 そんなバンクシーの正体は未だにわかっておりません。男か女なのかもわかっていません。複数いる、なんて噂もあります。しかし、2018年現在、みんなだいたい気付いているとこまで来ています実は。写真にも取られていたり。
 その正体はおそらく、マッシヴアタックというイギリス音楽ユニットの3Dという人物ではないかと言われています。
 グラフィティをやっていた3Dの仲間である人が、ラジオで喋っている途中にうっかり口を滑らした疑惑があったりして、更にはマッシヴアタックがツアーで行く街にはストリートアートが現れる、みたいな話もあったりします。
 当の本人へのインタビューでは「バンクシーは友達だけど僕じゃないよ」なんて古坂大魔王みたいなこと言ってます。

 そんな3D…じゃないやバンクシーの作品は絵だけではなく、映画も作っています。
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』
 大好きな映画です。サイコーです。バンクシーらしいアレが仕組まれた作品です。アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた話題作です。
 なんと、バンクシー本人も出てきます。覆面で。
 バンクシーに興味を持った人ならもうサイコーなんで観てください。昔Netflixに入ってたんですけど消えてしまいました。


 そんなわけで、『セービングバンクシー
 バンクシーから離れたところで行われている一種の紛争を描いたような映画です。
 「ストリートに無いストリートアートに何の価値があるんだ」
 「値が付けば価値が生まれるんだ」
 「ストリートにあるアートから価値を奪っているようなもんだ」
 「ストリートアートは消されてしまうんだ、そもそも犯罪だ」
 延々繰り返される押し問答。アコギな商売を続けるアートディーラー。

 ギター等でも弾かないくせに高価な物を沢山所持しているコレクターは結構嘲笑の的になっていますね。付けられた値に価値を感じる成金。
 「価値」とはなんなのかを考えさせられるこういう映画こそ、残していくべきだと思います。

バンクシー ビジュアルアーカイブ

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ニューヨーク・グラフィティ

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